3.11

 

2011年3月11日。忘れもしない東北大地震の日です。その年の1月姑が他界したばかりでした。

その日仕事が休みだった私は遅めの昼食を取り、PCの前に座って間もなくでした。家が揺れ始め、建物がゆがむように揺れる状況に普通の地震ではないと思い、病気で寝ていた娘をすぐに起こし、ドアというドアを開けガスの元栓を閉じ次に来る余震に備えました。

家では棚に飾ってあったボーリングのボールが落ち、水槽の水がこぼれた以外は大きな被害はありませんでした。外を見ると誰も歩いておらず飛び出している人もなく静かでした。自分が大げさだったのかなと思いましたが、TVを見て目を覆うような状況に驚愕しました。

押し寄せてくる津波の恐ろしさはいまだに忘れることができません。私の津波のイメージは、映画で見るように大きな高波がどどっと襲う感じでしたが、現実的には静かに打ち寄せてあっという間に防波堤を乗り越え、するすると市中に浸水したかと思うと驚くべき速さで水嵩を増しすべてのものを流してしまう威力でした。

地震の前に地鳴りがしたかどうかは全く覚えがありません。翌々日出勤すると電柱は傾ぎアスファルトは波うち、会社のビルの一部タイルがはがれていました。

あれから9年。いまだに復興は遅々として進まず何の罪のない人々が肉親を亡くし家を無くし9年前と同じ生活ができていないのを見ると心が痛むばかりです。東北の人々のことを想うと、自分の悩みや困難は大したことがないようにさえ感じます。

復興にはまだまだ時間がかかると思いますが東北の方々の平穏と倖せを祈るばかりです。